奄美大島に伝わる精霊 ケンムン と 南島雑話

奄美にはスピリチュアルな伝説がいっぱい

大昔から、日本ではあらゆるものに神の存在を認めてきました。「米粒には神様が宿っているんだよ」と家庭で教えられてきた人はきっと多いはず。

豊かな自然の恵みによって生かされてきた奄美の人々も例外ではなく、島内各地に様々な言い伝えが残されています。

奄美の古文書「南島雑話」

奄美大島には「南島雑話」という幕末期に記録された地誌が存在しています。著者は当時の薩摩藩士、名越左源太。彼は、1850年に起きた薩摩藩主・島津斉興の後継者をめぐるお家騒動「お由羅騒動」で、西郷隆盛を見出した名君として知られる島津斉彬を擁立せんとする一派に加わったことが原因で、奄美の地へ流刑に処されていました。

~お由羅騒動の資料(大河ドラマ「西郷どん」より)~

名越は、奄美の人々と交流を深めていく中で、奄美の風土を事細かに記録していきました。その内容はアマミノクロウサギなどの動植物や冠婚葬祭、現在も続いている八月踊りに代表される年中行事など多岐にわたり、現在では奄美の民俗学研究における貴重な資料として用いられています。

温厚で相撲好き?!奄美に伝わる精霊「ケンムン」

南島雑話には、奄美の森に棲みついている精霊「ケンムン」についての記述があります。

ケンムンは奄美の森のガジュマルの樹を住処としているとされています。全身が毛に覆われていて、頭には河童のような皿があるという不思議な風貌をしており、主に島の南西部に位置する宇検村での目撃情報が多いようです。魚の目玉が大好物で、嫌いなものはタコ。島で盛んに行われている相撲が得意で、島の人々によく挑んできたんだそうです。たまに、人間の力仕事を手伝ってくれたこともあるんだとか。

年々、ケンムンの目撃情報は減少傾向にあります。人間の目にケンムンが映らなくなってしまっているのか、それともケンムンの住む森が開発などで失われているのか。原因は分かりません。

でも、奄美の子どもたちは今でも、家族や親戚、学校の先生などを通じてケンムンの話を聞かされます。少なくとも、島に生きる人々の心の中には、ケンムンが棲んでいるのです。

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